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 俳句の壺エッセイ
 第7回 楽しみ
(2021年8月掲載)

 
鈴木不意(なんぢや)
 
コロナ禍により対面句会に参加しなくなって一年近い。年齢と医療機関へ勤務する家人を考えると慎重にならざるを得なかった。そんな中で代替としてのインターネットを利用したネット句会に助けられた。そのネット句会形式に対して従来の句会が〈対面形式〉と呼ばれるようになるとは想像していなかった。句会で眼前に人がいることは当たり前だったからだ。インターネット句会がこれほど運営されたことは俳句史の記録に残るだろう。

現在利用している形式は、俳句に特化した投稿システム(俳句の壺や夏雲システム等)、掲示板、メール句会。これらを利用した句会が続いている。使い勝手は中でも投稿システムが一番良い。

吟行句会は当然歩かねばならない。外出が減れば家に篭った書斎俳句が自然と増えていくことになる。多くの俳人が同じような傾向と聞く。こうした傾向でも自作句に変化が無いと言える人は余程の人だろう。羨ましいと思いながらも本当?と思う自分がいる。

そうした人は普段の努力を怠らないのだろう。それに比べて、と自分を恥じても始まらないので近所を歩いて句を考えるくらいのことはやる。結果はともかく。

第4回の草深昌子さんのエッセイにもある「犬も歩けば棒にあたる」ではないが吟行はそうした恩恵がある。しかし漠然と歩いて棚から牡丹餅を待つような幸運を待つ行為ではない。俳句を作るという積極性を持って歩く。そうでなければ恩恵を得られないことは皆が知っている。

吟行句会は句会場に入るまでの時間が限られるから提出時刻までは粘る。出句が遅れて句会の流れに迷惑をかけてしまってはいけない。時間が限られるから余計なことを考えないことが結果として良いときもある。こうした句会の一番良いのはその日、一日で終わることだ。泊まりがけであっても一日終わればリセットされ、次の日からリスタートという節目がはっきりしている。

対して書斎俳句は時間があるから考えすぎて力んだ句、計らいの強い句になってしまうことも多い。下手の考え休むに似たり、である。節目は結構大事なことなのだ。

それにしても窓から外を見て作る句がいつもより増えた。全く外出しないわけでもなく、歩き回れることを考えると病床にあった正岡子規の状況よりましなはずだが……。比較すること自体が愚かながら子規の凄さを感じずにはいられない。

子規の『墨汁一滴』(三月十五日)に「散歩の楽(たのしみ)。旅行の楽。能楽演劇を見る楽。寄席に行く楽。見世物興行物を見る楽。花見月見雪見等に行く楽。細君を携へて湯治に行く楽。~」と楽しみの数々が続き、「―― 総ての楽、総ての自由は尽(ことごと)く余の身より奪ひ去られて僅かに残る一つの楽と一つの自由、即ち飲食の楽と執筆の自由なり。しかも今や局部の疼痛劇(はげ)しくて執筆の自由は殆ど奪はれ、腸胃漸(ようや)く衰弱して飲食の楽またその過半を奪はれぬ。アア何を楽に残る日々を送るべきか。」と病状の進行で飲食の楽と執筆の自由さえも奪われてきたと書いている。

外出の自由のなくなった子規にインターネットの環境があったら興味を持っただろうと思う。使ってみて、その後どうするだろう。ネット環境にのめり込むか、これはダメだと放り出すか。妄想の世界に答えは出ない。

一つの自由が抑えられたら代わりの方法を探すか諦めるかである。インターネット利用は代替案である。そうかと言ってこの状態が続くのは正直なところ居た堪れない。

今やネット環境はほとんどの人が利用するようになっている。身近で使っていない友人を探してみたら一人だけいた。映画研究仲間でパソコンはあるがもっぱら文字打ちプリント出力のみ。スマホは持たず固定電話。資料のやりとりは郵便頼み。資料の古書探しは図書館と世界最大とも言われる神保町古書店街に通う。彼と私とで共通テーマを追究する時はネット上の資料探索を私がやる。足で集めた資料に私は驚き、ネットでたどり着いた資料に彼は驚くという具合だ。

今、投稿システムへ希望することがあるとしたら初めから縦組の表記にならないかということ。元来、インターネットは欧文横組の世界だから難題であろう。縦組で表示されればこんなにありがたいことはないのだが。

〈俳句の壺〉のような投稿システム、コロナ禍が収束して落ち着いたとしても、このシステムの良さに気づいた人たちに使われ続けるだろうと思う。特に対面形式に参加できない遠方の人などにはありがたい存在だ。いずれは以前の句会に全て戻るのではなく、句会の形式の棲み分けが行われるだろうと考えている。

従来の句会に出たい、ネット句会も活用したいというのが大方の思いではないか。



鈴木不意
1952年新潟県生まれ。東京都杉並区在住。「童子」、「文」を経て「なんぢや」創刊同人、現在代表。俳人協会会員。
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