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 俳句の壺エッセイ
 第2回 ネットの海を渡るには
(2021年3月掲載)

 
吉田林檎(知音)
 
ネット句会と呼べるものに参加したのは2011年5月に開始した「パラソル句会」のメール句会(リアル句会とは別)が最初でした。2020年からネット句会のシステムを使っていますが、それまではメールで投句・選句のやりとりをし、清記、選句結果の集計は手作業という今思うと幹事の負担が大きいやり方でした。「俳句の壺」に初めて出会ったのは2017年11月に立ち上がった「星の会」という有志の句会です。それまでネット句会システムを使ったことがなかったので、清記・選句結果を見た時の感動は初めてエクセルの関数を使った時のそれを超えるものでした。最近では私の所属する『知音』でも独自のネット句会システムが構築され、既に運用を開始しています。

メール句会のニーズは古くからあり、皆それぞれに工夫を重ねている中でネット句会システムが登場しました。ステイホームな世の中になってからネット句会がにわかに脚光を浴びたのはリアル句会が開催できなくなったのが何よりの理由です。それに加えて個人的にはネット句会なら出句・選句に日程的な自由度があるので「日程が合わない」が欠席の理由にならなくなったこともあります。実際ずっと欠席していた句会に毎月参加するようになりました。

「俳句の壺」をはじめとした句会システムには少なからずアカウントを持っていますが、多くは超結社の句会です。そうした会の選やコメントでいつも気にしていることがあります。参加者がどのような気持ちで取り組んでいるのか、その人にとってネット句会がどんな位置づけなのかを知ることです。

私はネットでもリアルでも超結社の句会に出した句は、後に選別・推敲して結社の先生に選をしていただいています。複数のネット句会への参加は、そのペースメーカーとして助かります。ただ、結社に入っていればそのような関わり方が可能ですが、句歴0年にして結社無所属の参加者にとってはそのネット句会が全てということもありえます。そのため、句歴を重ねた者はそうした初心者との関わり方に細心の注意を払うべきと考えています。

無知ゆえの二重季語や明らかな類句など見逃しがたい問題は句歴の長い人が指し示す責任があると思います。しかし例えば「この季語はこういう詠み方をしてはいけない」というコメントをしたとして、理由もわからずこれはダメということだけが記憶に残ってしまうと、その人には「これはダメ」のパターンが蓄積されていきます。そのうち禁止事項でがんじがらめになり、楽しくなくなるかもしれない…ということを恐れています。私が初学の頃に結社に入るのをためらった理由はそこにありました。その後『知音』に入り、「しない方が良い」には全て理由があることを自分なりに理解しています。指導的立場で参加している句会では問題点があれば容赦なく指摘していますが、表現方法については回避すべき理由は述べつつ禁止はしないようにしています。

また、句会システムを活用すると全句へのコメントが可能になり、文字として残ります。リアル句会での選評はその場限りのものですが、文字で残るとそれが絶対的判断のように錯覚してしまうこともあります。心配しすぎかもしれませんが、これもいくら気をつけてもやりすぎということはないはずです。

このエッセイを読んで下さっているあなたが初心者にして無所属であれば、信頼できる先生の選を頼みにすることをお勧めします。句会での人気が全てだと思ってしまうと、行き詰まった時に立ち返る場所がなくなり、いつか心穏やかに俳句を楽しむことが難しくなるかもしれません。ある句会では良しとされていることが他の句会では全否定されることもあるのです。その矛盾を解消するには先生の選を受けることが重要です。上手下手も点数も気にしない、という方には余計なお世話かもしれません。

古くさい喩えしか思い浮かばないのですが、ネットという大海原に漕ぎ出すにあたり、結社という港があることは帰る場所があるということ。帰る場所があるからこそ、旅立つこともできます。船に乗り込んだら師の教えというコンパスがあれば目指す方向を定めることができます。乗り込んだ船が西を目指しているのか東を目指しているのか、それがわかるだけでも見えてくる世界は違ってきます。

俳句は座の文芸であり句会こそが楽しい、だから集うことができないと嘆くのは簡単です。だからこそ、世界中の人々が思うように外出し集うことができなくなった現在でも、俳句という楽しみを持っている私たちは特別に幸せだということを忘れたくないものです。俳句の楽しみはなんといっても句会です。その楽しみの幅を増やしてくれた句会システムに感謝しつつ、誰もが楽しい時間を過ごせるように使う側も矜恃を持って取り組むことが必要だと考えています。

以上を考え合わせると「ネット句会の未来」を楽しくするのも苦しくするのも、それを使う人次第なのではないでしょうか。句会システムはツールであり、全てはそれを使う人間の手にかかっています。道具が便利であればあるほど使い手の人間性があらわになるように思えて仕方がないのです。



吉田林檎
1971年東京都生まれ。2008年より「パラソル句会」参加。2010年『知音』入会、西村和子・行方克巳に師事。2013年『知音』同人。第三回星野立子新人賞。第五回青炎賞(知音新人賞)。第16回日本詩歌句随筆評論大賞 俳句部門・奨励賞。パラソル句会合同句集『海へ』。句集『スカラ座』。俳人協会会員。
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