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 俳句の壺エッセイ
 第10回 ネット句会あれこれ
(2021年11月掲載)

 
若杉朋哉(無所属)
 
2020年春ごろからの新型コロナウイルスの流行は社会にさまざまな影響を及ぼしましたが、俳句についていえば、私はむしろ良い影響の方が多かったのではないかと思います。

まずは句会について。人が集まって行う従来型の句会(以降、「従来型句会」と表記)が行われなくなり、それを補う形で「ネット句会」が急速に広まりました。ネット句会自体はこの流行以前からも行われていましたが、これほどまでに一般に浸透したのは新型コロナウイルスの流行のお陰と言わねばなりません。

そしてこのネット句会の浸透により、私たちは、今まで当たり前だと思っていた従来型句会がいかにありがたく素晴らしいものであるかに改めて気づくことができました。健康なときは何でもなかった「健康」というものが、いざ病気にかかってみるといかにありがたいものかがわかるようなものです。同じメンバーが定期的に集まることで新鮮味がなくなりがちな従来型句会のありがたみが、にわかに感じられたのです。

コロナ禍が落ち着き、以前のように従来型句会を行うことができる日常が戻ってきたとき、私たちは以前にも増して従来型句会を大切に思い、その句会での俳句を楽しむことの喜びを味わえるでしょう。これは全く以て良いことです。いずれはそのありがたみも薄れましょうが、それでも時折、一度健康のありがたみを実感した場合のように句会のありがたみを思い出し、句会で俳句を楽しむことのできる幸せを実感することができます。新型コロナウイルスの流行は句会に対するありがたみを喚起するという大いなるプラス効果をもたらしたのです。

また、コロナ禍がもたらしたもう一つの良い影響として、言うまでもなく「ネット句会」が急速に浸透したことが挙げられます。遠距離にいる者同士が句会を楽しめるメリットばかりではなく、句会に自宅から参加できる手軽さにより、複数の句会に参加することも容易になりました。

これは移動時間がなくなったことによるものばかりではありません。従来型句会は「結社」という枠の中で行われていたものが主流でしたが、ネット句会ではその枠が取りはらわれ、さまざまな超結社の句会が生まれました。ネット句会の手軽さは、参加することができる句会の数を増やし(いわゆる句会の「かけもち」)、それにともなって必然的に俳句の幅を拡大したとも言えます。人によっては、結社の主宰や句会の先輩を絶対とする閉鎖的な従来型句会とは違った雰囲気のネット句会に参加することで、いかに今までの句会が偏っていたものかを確認する機会になったこともあるかもしれません。

加えてネット句会は、従来型句会にまつわる人間関係のわずらわしさから解放してくれたこともあるでしょう。従来型句会には人と人とが直接的に関わることによる楽しさがある一方で、そこにある種のわずらわしさを感じていた人も少なくなかったのではないでしょうか。コロナ禍で仕事がリモートワークになり、職場の人間関係のわずらわしさから解放されたことを喜ぶ声が多かったのと同様に、従来型句会の良さである人と人との交流の裏にある一種のわずらわしさから解放されたことで、ネット句会は純粋に俳句のみを楽しめる環境をもたらしたと言うこともできます。

もちろん、一方で、その「純粋さ」を物足りないと感じる人が多かったことも事実であり、だからこそ、ひるがえって従来型句会のありがたみがわかるようになったのです。つまり、ネット句会は、ネット句会自体に多くのメリットを生み出すと同時に、従来型句会の再評価をも生み出したわけです。

最後にもう一つ。ネット句会は俳句の可能性を広げましたが、現況では従来型句会の代替策の域を大きくは出ていません。いくつか目にした俳句誌でも、ネット句会は従来型句会ができるようになるまでの「つなぎ」の役割にすぎず、将来ネット句会がなくならないとしても、やはり従来型句会に敵うものではないという論調――つまり、ネット句会は従来型句会の「下」であるという認識が何の疑いもなく語られていました。

従来型句会には歴史があり、その良さは多くの人が実感している通りです。とはいえ、多くの家庭にパソコンがあり、また多くの個人がスマートフォンや携帯電話などを所有して自由にインターネットを利用している現代日本の状況を見れば、ネット句会の方がむしろ「最も身近な句会」とも言えるのではないでしょうか。

今後のことを考えればなおさらです。パソコンやスマホで手軽にアクセスできるネット句会の方こそが若い世代にとっては日常的な存在であり、従来型句会の方が非日常的な句会のあり方になることは想像に難くありません。技術革新による時代の要求に伴い、音楽業界がレコードからCD、そしてストリーミングなどのデジタル音楽配信へと舵を切ってきたように、句会もそのあり方を時代に合わせたものにするのは自然なことです。

もちろん、依然としてレコードもCDも(MDは消えましたが…)、有力な音楽視聴方法として残っていますし、デジタル配信が主流になった現在、その配信音楽を聴いて魅力を感じたファンの多くが逆にライブ会場に足を運び、生演奏を楽しむという現象が起こっています。デジタル音楽を入口として、「生の音楽の楽しみ」が若い世代によって再発見されているのです。

俳句も同様に考えられましょう。身近で手軽に参加できるネット句会が充実することにより、俳句に魅力を感じる人が増え、その一部の人がさらに従来型句会に参加する――ネット句会は、俳句の裾を広げ、従来型句会への新たなる門戸を開く役割も果たせるのではないでしょうか。

長らく俳句界の高齢化が叫ばれ、若い世代の俳句人口を増やす議論がなされていますが、まだ俳句に触れていない人に俳句の魅力を知ってもらうためには、ネット句会の充実こそが今後の俳句界全体を豊かにする上で最も効果的ではないかと考えます。



若杉朋哉
1975年東京生まれ。埼玉県さいたま市在住。2012年作句開始。第二回星野立子新人賞受賞。句集『朋哉句集』『朋哉句集二』。
過去のエッセイ集